ガエル記

散策

『カムイ外伝』白土三平 その4


ずっと横山光輝氏の描く馬を見てきたので白土三平馬はまた独特。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

第十三話 天人 /第十四話 移し身

この二話は続けて書こう。

カムイの乱心法獣遁の術によって馬ごと崖から落ちた天人だったが、手下たちは脈を診て介抱した。

天人は奇跡的に起き上がりカムイとコノマの行方を問いただす。

 

カムイが下忍コノマを抜けさせるために天人を殺して彼に化けコノマは死体に化けた後カムイに化けて追っ手から逃れようとする。(ややこしや)

がここでかつてのカムイのように疑心暗鬼となって無為な殺人を繰り返してしまう。

天人に化けたカムイはカムイ自身に化けたコノマの顔に鬼相が現れてるのを見た。

カムイの姿をしたコノマと天人の姿をしたカムイが一騎打ちをし変異抜刀霞斬りをするふりをしてコノマを逃がそうとするがなぜかコノマには刀が刺さっていた。死の間際コノマは「兄き、あんたはもう安全だ。カムイはもう死んだのだ」と言い残す。

コノマは自分の身体を爆破させ死んだ。

が、気配を感じて天人が手裏剣を投げた相手はなんと天人にそっくりの弟だった。

天人弟は「久しぶりに天人の術見せてもらおうかい」と言い技をかけ始める。

火薬がはじけ煙幕がたちこめた。

恐ろしい天人の術に翻弄されるカムイ。

だがスキを突いてカムイはここでも平地での飯綱落としを見せた。

 

天人の手下たちはこれを見守っていた。

天人自身と思って見守っていたのがカムイと知り驚く。カムイは言う。

「おいらは抜け忍。死ぬわけにはゆかぬ」

そして手下たちに同じように抜け忍になるか、おいらと戦うかと訊ねる。

手下たちは「ではおいらも抜けるか。仲間にしてくれ」と言い出した。「言葉だけでは駄目だ」と答えるカムイ。

孤独なカムイに初めて仲間ができるわけだがもちろんこれが心休まる仲間ではない。

 

 

第十五話 老忍

今までになくめちゃくちゃ楽しい一作。やはり仲間(的な)者がいると楽しくなるね。

「若い者なんぞには負けん」という名張りの半助という老忍は執拗にカムイの命を狙うが(仲間とは言わないかこれ)軽くあしらわれてしまう。

女の子を使ってカムイを小舟に乗せ爆破してしまおうと画策するもやはりあっけなくやり返されてしまう。大笑いするカムイが見られる。

金をもらってカムイをだまそうとするのに「怖い」と甘える女の子がかわいい。

 

半助は仲間のところへ戻ってここでも爆笑される。

心温まる一作だ。

 

第十六話 抜け忍

こうして天人の手下だった者たちはようやく抜ける決心をする。

その一人・万(よろず)は国元に親兄弟がいた。抜ければ見せしめに殺される。万は自爆して皆の邪魔にならぬよう死んだ。

その様子を見た忍者たちは「おぬしの死をむだにはせんぞ」と誓い合う。

カムイもまたそれを見届け「追手はおいらがひきうけよう。あとはおぬしら次第だ」と告げる。

皆は「力を会わせることじゃ。仲間を信じよう」と言いあった。

カムイはまず自分の飯綱落としを見せる。他人には初めて見せたのだ。

抜け忍たちは次々と己の必殺技を見せていく。

この時に軽々とその技を受けるカムイがかっこいい。特にここ

勝てん。

半助も負けじと技を披露しようとするが皆からやめておけと言われカムイも「おまえのことは信じてるよ」と笑う。

皆が自分の技を見せあい普通の人々の中に混じり何かあれば集まって力を合わせようという算段となった。

 

しかし仲間の一人ホデリが殺されたことで一気に事態は変わる。

カムイは「仲間を信じることだ。迷いは地獄への坂道」と告げる。

半助は怖くてたまらずカムイにすがる。

そこにまた合図が。

今度はテブリが殺されていた。

カムイは半助にのろしをあげさせた。

 

集まった抜け忍たちは次々と殺し合う。カムイもまた半助を殺した。

そこでカムイに気砲を向けたのが殺されたはずのソトモだった。

嘲笑うソトモにカムイは

そこには殺し合ったはずの抜け忍たちが並んでいた。すべてがカムイの仕掛けた芝居だったのだ。

抜け忍たちは皆でソトモを攻撃し殺した。

「バカ、バカタレ、きさまのようなやつが」半助の嘆きが悲しい。

 

第十七話 黒鍬

再び独りとなったカムイの旅が続く。

チンピラに絡まれる娘を救ったことでカムイは土木工事請負をしている「黒鍬の五兵衛」に見込まれそこで働くこととなる。

しかしそこの領主は農繁期に百姓を土木作業させ百姓たちが反抗しないように捕らえたチンピラたちを目の前で殺すことで抑えようとした。

見ていたカムイはそれら武士たちを倒していく。生き残ったチンピラはカムイをアニキと呼んでついて行こうとするが黒鍬の五兵衛がこれを止めた。カムイはさらに追手と戦い勝たねばならなかった。

「あのように生きるか」

五兵衛はチンピラに「仲間になれ」と呼びかけた。

が、カムイは抜け忍としての果てしないさすらいが続く。

 

これだけの話をこの短編にまとめてしまう。恐ろしい。

 

第十八話 追跡

忍犬登場。

あまりの可愛さに悶え死ぬ。

 

旅するカムイをずっと追跡する者がいる。カムイは様々な方法でまこうとするが何をやっても通用しない。やがてそれが犬だと気づく。人と犬の区別もつかぬとは。

「カムイともあろうものが」と自責する。

焼いた魚を投げるとうまそうに食べる。「ということは野犬ではない」

追い払っても後をつけて来る犬。カムイは二里も全力で走ったが犬はあっけなくカムイの側にいた。

熊と戦いそれでも飄然としている犬にカムイは「忍犬だな」とと気づく。

しかし五日経ち忍犬の気配がなくなりふと寂しさを覚える。

すると目の前に手裏剣を受けて死んでいる犬たちがいた。

「これはいったい」

訝しむカムイの眼前で戦う二頭の忍犬。勝った忍犬はカムイの後をつけてきた犬だった。

カムイに近寄り倒れる。

カムイは「そうかおまえも抜け忍(犬)だったのか」とつぶやく。

 

抜け忍犬があまりにもかわいくて。

(まあこれが『バビル2世』のロデムといっとるわけです)

 

第十九話 りんどう

アニメ版でももっとも心に残る一作ではなかろうか。

ハードボイルド作品としても一級である。

 

抜け忍犬は恐ろしい生命力で長らえた。

カムイもおたがい抜け忍同士だ、と手厚く介抱する。

やがて元気になった犬に「あか」と名付けてカムイは親友のようにじゃれ合う。

「これでお前と話せたらな」

飯の支度だというと犬は川に飛び込み魚を獲ってカムイに渡した。

さらに火を焚こうとするカムイより先に火を作ってきたのを見てカムイは驚く。

さらにあかはウサギを捕まえようとしたがそこに蛇がいた。

カムイはあかを守るために飛び上がって蛇を殺したが着地場所にもう一匹の蛇がいたことですばやく身を投げた。

折あしくカムイが避けた場所が流沙だったのだ。

すばやくカムイは綱を枝に投げたが枝は折れてしまう。

その様子を見つめていたあかにカムイは「綱だ、あか」と声をかけるがあかは違う方向へ走ってしまった。

「やはり通じないか」

流沙に飲み込まれていくカムイは側に咲いたリンドウの花を見た。

「美しい。これがこの世で見る最後のもの」

カムイは流沙に沈んでいった。

 

あかはどうしたのか。

あかは咄嗟にカムイに近づく危険を判断していたのだ。

流沙が恐れるものではないことを感じたのだろう。

あかはカムイの追手が近づく方を危険と感じた。

まずは野犬のボスと戦って勝ち野犬の群れを操る。

カムイを追ってきた忍者たちをこの野犬の群れに交じりながら殺しウサギの血で誘い込みさらに馬を呼びこんで全滅した。

そしてカムイのもとに戻ったのだ。

 

流沙にのまれそうになったカムイは足がつくのを感じ歩いて淵へ進み這い上がった。目の前に先ほどの美しいリンドウがあった。

そこにウサギを咥えたあかが戻ってきた。

クウンと鳴くあか。

「まさかおまえ知ってたんじゃないだろうな」

あかはぺろぺろとカムイの顔をなめた。

甘えるあか。

「フフフ所詮人と犬の仲だ。これ以上は無理だな」

 

さあこい飯にしよう、とウサギを持って歩き出すカムイ。

振り返って美しいリンドウを見る。

あかはそのリンドウを踏みつけてカムイの後を追った。

 

もう~~~人間のほうがよっぽどダメダメじゃないか。あかがどんな苦労をしたかまったくわかっていないカムイ。

うーむもしかしたらどの飼い犬さんもこんな苦労をしているのかも。

飼い主だけがまったく気付いていないという。

でもあかはカムイの側にいるだけで嬉しそうで。

せめてカムイが怒ったりせずあきれているだけ、というのが救いなのだ。

楽しそう~。あかが特にうれしそうでほっこりする。

 

『カムイ外伝』白土三平 その3

白土三平描く表紙、良い。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

第九話 暗鬼

この暗鬼は「疑心暗鬼」のこと。

常に命を狙われているカムイには心休まる時はない。絶えず追手の気配を感じていた。

 

出会う者は子供でも武士ならなおさら女も百姓も油断はならなかった。

雨で川が増水し足止めとなりカムイはやむなく一つ屋根の下で旅人たちと一夜を過ごす。渡された食事には毒が盛られ口をつけたカラスが死んだ。

そのカラスは死に場所を探して旅する侍の連れだった。

 

皆が眠りこんでいる夜中、カムイにまとわりついてきた男児がおしっこをしようと川に浮かぶ丸太に乗ったところバランスを失って落ちてしまう。男児は必至にカムイを呼ぶ。カムイはそれでなくとも男児が出ていくのに気づいていたが疑心に満ちた彼は動けなかった。

翌朝水死した男児を見て旅人たちは哀れんだ。

侍は見殺しにしてしまったカムイを憐れむ。

 

侍と百姓は食糧を探しに行く。小屋にカムイは女とふたりきりになった。女は身重で急に腹を押さえて苦しみだしたがカムイは身動きもしない。

帰ってきた百姓が慌てて面倒を見る。侍も湯を沸かした。

女は流産だった。

カムイはただ目をつぶって座り込んでいた。

女の容態が悪くなり火を足そうと薪を取ろうとした侍に蛇がとびかかる。その蛇を侍が斬り捨てるのをカムイは見る。

さらにくべた薪が爆発をおこし小枝が女の急所に刺さってしまった。女は死んだ。

「あの女ではなかった」

残るはふたり。

 

と、小屋を囲む気配が三人を襲う。十人か二十人か。

怯える百姓を笑い侍は「やっと死に場所が見つかった」と喜ぶ。

その間に百姓は逃げ出した。

カムイは銃声を聞いた。

 

周囲が静まりカムイは外へ出る。

侍は幾つもの刀を受けて死んでいた。

逃げ出した百姓も撃たれ死にその手には直訴状があった。

誰も追手ではなかったのだ。

 

とカムイは自分に犬万が仕掛けられたと気づく。多数の犬に囲まれ樹上に逃げた。

すると敵は。

追ってきた敵の背後をつかむカムイ。すかさず飯綱落としをかける。

 

それは犬だった。忍犬だったのだ。

「その気になればあの中の何人かは救えたものを、おいらは・・・」

 

疑心暗鬼はカムイのような有能な者も無能者に変えてしまう。

 

 

 

第十話 空蝉

カムイは変異抜刀霞斬りで腹を斬られた忍者から更に追われ続けてかけた飯綱落としの際にその忍者が仕込んだ爆薬から逃れたものの目が見えなくなってしまう。

 

奇妙な一話である。

目が見えないままカムイは歩き続けとある村にたどり着く。

高みから投げた石が藁ぶきの屋根にあたったのだ。

が、人の気配がしない。風が通り抜け空の桶が転がる。

柴束が倒れカムイは手裏剣を投げる。手ごたえがあった。血の匂いがする。

それは狐だった。

目の見えないカムイはさらに村を歩き様子を伺い刀を振るう。

物音はイタチであり刀が当たって醤油がこぼれ籠に入れた繭がこぼれおちた。

カムイは人気のない村が出作りの部落と気づく。

春から秋にかけて蚕を作り冬には引き揚げる。人がいないはずだった。

「するとやはり気のせいだったか」

雨が降り出しカムイは薪を焚き手裏剣を磨いた。

がその中に自分のものではない物がまじっていた。

そこに一人の伊賀者が現れた。

「気力の続かぬ方が死ぬ」

二人は動かぬまま時は過ぎた。

が一瞬のうちにふたりは刀を抜き飛び出した。

伊賀者は「数多くの追っ手を相手にしてきたがあれだけの奴は・・・」

カムイもまた「かわった奴、だがひょっとすると奴も」と考えていた。

 

二人が去ったあとに一人の刺客がふたつの手裏剣を受けて死んでいた。

 

あまりにも静かな物語である。

 

第十一話 下人

 

カムイは目の見えないまま怪我をしたらしく倒れているところを百姓の子どもに助けられその家で下人として働くことになる。

カムイの働きぶりを見た村人は悔しがり独り占めは許されないとしてカムイに鎖をつけ村の家々で回して使うこととなった。

カムイは懸命に働いた。

雨の中でもこき使う男がいて村人たちは怒った。

カムイは村の大事な財産なのだ。ひとりであんまりこき使ってはならない。

三日に一編はちゃんとしたものを食わさねばならない。

 

「このおいらが人からこんなに大切にされるとは」カムイはひとり笑うのだった。

 

ある日子どもが川に流された。村人は懸命に探したが見つからない。あきらめようとしたところでカムイがその子を助け出してきた。

目が見えないカムイが。皆は不思議がった。

助けられた子供は「兄ぃ」と呼んでカムイを慕う。

女たちはそんなカムイを見て誉めそやした。

カムイは子どもたちに慕われたのだ。

またある娘がカムイに心惹かれていった。カムイを助けようとして父親から折檻されるほどだった。

その娘が浪人者たちに連れ去られようとしていた。浪人たちはその村に目をつけいたぶり奪おうと考えていたのだ。

手足を鎖でつながれているカムイは村人に鎖をほどいて欲しいと頼むが間に合わない。やむなくカムイはそのままで浪人たちを押しとどめた。

数人の浪人たちを相手にカムイは次々と仕留めていった。

浪人たちの手足が斬られ飛び散り死んでいく。

見ていた村人そしてカムイを慕っていたその娘も子どもたちも皆怖れて逃げだした。

「カギを」と手を伸ばしてももう誰もカムイに近づく者はいなかった。

 

この物語も考えさせられる。

おとなしく言いなりになっている間は不自由とはいえ大事にされていたがその力を見せった時、誰も好意を持たなくなったのだ。カムイはやはり一人でしか生きられないのか。

 

 

第十二話 狂馬

 

村から出たカムイの手脚にはもう鎖はなくなっているが(どうしてかは描かれていない)目は見えないままさすらう。

カムイは女から金を奪い殺す男と出会う。男はカムイを目の見えないふりをしていると言って殺そうとし反撃をくらう。

カムイは容赦しない。

 

こんなカムイを突け狙うひとりの下忍コノマがいた。

しかしカムイが本当に見えないのかが不安だった。張られた糸につまずき川に掛けられた丸木橋から足を滑らせ流され滝に落ち川岸についても身動きしない。

蛇や虫にたかられても動かずコノマは岩を落としてみた。

落とされた岩は途中で砕けカムイをかすめていったが身動きもしない。

目が見えるのなら考えられないことだった。

熊から匂いを嗅がれても動かない。いつしか雨が降り水かさが増えてカムイは再び流された。コノマも押し流されてしまう。

そこにまたもカムイの姿があった。

怖れたコノマはカムイめがけて手裏剣を放った。それはカムイの腕に刺さる。

これでコノマはカムイが見えていないと確信し次と手裏剣に毒を塗った。

が、カムイは腕に刺さった手裏剣を取ってはじき返す。毒手裏剣は戻ってコノマの方に刺さったのだ。

「助けてくれ」と頼むコノマ。

カムイは傷口を刀で斬り薬を与え催眠術で眠らせた。

 

翌朝目覚めたコノマは刀で刺そうとしてできずそのまま味方の群れに戻り報告した。

丹波の天人はなおも油断せずコノマ自身にカムイを討てと命じた。

怖れながらコノマは戻っていく。

戻ってきたコノマにカムイは訊ねた。

「どうする」

怯えるコノマ。

「おいらとやって死ぬか。それともおれのように抜け忍になるか」

 

カムイとコノマは刀を合わせカムイは倒れコノマは天人の元へ走り「カムイを倒した」と告げる。

しかし天人は嘲笑い「うぬがカムイだ」と叫び周囲の者がコノマを攻撃した。

ナムアブランケンソワカと唱えるとそこへ狂馬が走りこんできた。乱心法獣遁の術だ。

 

その馬にカムイは潜み小頭の天人を馬の首にしばりつけ崖から落とした。天人は馬とともに死んだ。

その隙にコノマは逃げ出した。先ほどのコノマは本物のコノマだったのだ。


まあ、いつも言うこと同じになってしまうのだけどここまで完成度の高いマンガ作品ってなんなのと思ってしまう。

設定が昔(江戸時代)の忍者ものなので単なる時代劇と思われてしまうのかもしれないが読んでみればそれだけではないことはすぐにわかる。

描かれるのはいつの時代にも存在する人間の在り方なのだ。少なくとも今現在の我々の話だといえる。

 

横山光輝『バビル2世』が現代を舞台にした忍者ものであり秀逸なハードボイルド作品だったように白土三平カムイ外伝』は正直に言えばそれを上回る技量で描かれた孤独な人間の在り方を描いた物語だ。(横山マンガはまた特別な魅力を持っているとも言いたい)

カムイがどう生きていくのか観ていきたい。

 

 

 

『カムイ外伝』白土三平 その2

現在のマンガは「仲良しわちゃわちゃ」が好まれる傾向にあると思われます。

でもそれは実際の人々が繋がれずにいる孤独な心情を抱えているから生まれたものだと考えられそうです。

カムイ外伝』の主人公カムイは孤独に戦い続けることで生き延びていきます。現在の人の目で見るとそれはあまりにも自分すぎると感じてしまいそうです。

カムイが鳥や犬などを可愛がるのも現代人と酷似します。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

 

 

第六話 木耳

冒頭、崖から飛び出した木の枝にびっしりついた木耳を欲しがり足を滑らせ落ちてしまう老いた坊さんが登場。心配した愛らしい孫娘が駆け付ける。どこへ通りかかったカムイは「あんたには無理だよ」と笑って通り過ぎる。

その後、カムイが大事に育てた二代目ハヤテが大きな鷲に殺されてしまう。珍しくカムイは怒りをあらわにして鷲を殺す。

だがその足には人に飼われている印の輪がついていた。

その飼い主の男はカムイに近づく。カムイはここでも常と違い戦いを挑む。

が、カムイの必殺技・変異抜刀霞斬りが破れてしまうのだ。

その後カムイは男を森の中に誘い込むが男はカムイの心を読むかのようにすべての行動を言い当てていく。さらには飯綱落としまでもが破られカムイは追い詰められていった。

なんとか男から逃れどうやらあの時の坊さんの寺の屋根にたどり着く。

「ただひとつ、隠形滅心の法しかない」一切の気配を断つ術だがその間に見つかれば殺されてしまうのだ。しかし今のカムイにはそれしか道がなかった。

眼前にあの愛らしい娘が水くみをして通りかかるのをカムイは見た。

 

一方男はカムイを探しあぐねていた。気配がないのだ。

と、あの崖から伸びた木の枝にカムイが横たわっているのを見つける。

枝が邪魔をする。

男はカムイが身心隠滅の法という最後の手を使ったとほくそ笑む。気配が感じられないはずだ。

しかし、と男は武器を持って枝の上のカムイに近づいた。

と、木耳に足を取られ男は落ちてしまった。

同時にカムイも・・・が、その体には綱が結わえられていたのだ。

そこへあの娘が通りかかりカムイを抱えて去っていく。

行先はあの坊さんのいる寺だった。

 

坊さんは孫娘がカムイを抱えて来たので驚く。

実はそれはカムイの術であった。

カムイと娘は入れ替わっていたのだ。

そしてカムイは坊さんに大きな籠にいっぱいの木耳を渡した。

 

意外に早くカムイの秘術は破られてしまう。その代りに用いた身心隠滅の法。偶然がカムイを救ってもいる。そうした幸運が関係しているのも面白い。

 

第七話 常風

人狼に身をやつしたカムイと実際にいる人狼を交互に出すことで物語がかき乱され面白みが生まれる。

とある村で人狼の噂を聞いてそれがカムイではないかと考えた侍がいた。その侍もまたカムイを追う者だった。

止める村人に術をかけ山に入った侍は人狼に化けたカムイによって洞窟に閉じ込められてしまう。

更にその侍を探しにきた幼い息子が人狼カムイに出会う。父親を見つけきれない息子は人狼カムイに「お父ちゃんになって」と頼み込む。

 

人狼カムイは洞窟から逃れ出てきた侍を殺そうとするが息子の顔がちらついて殺せない。

洞窟から抜け出した侍は本物の人狼と出会い「春花の術(麻酔)」を使って動きを封じ殺害する。

人狼に化けたカムイは侍の息子とともにいた。カムイは息子を放つ。

侍は驚き再び春花の術を使うが常風は逆風となって侍と息子を眠らせてしまった。

 

カムイは自分に間違えられて殺された人狼を悼み墓を作る。

 

最後の作者のことば

カムイの夢はこの世にはないのだろうか。忍びの社会からのあくなき追求からのがれることのみが生きる道なのか。また別にカムイの夢はあるのだろうか。それは、この時のカムイにとって知ることも考えることも出来なかったろう。

現代人への言葉だと思う。

 

第八話 九の一

この話はカムイが外伝中初めて女性と深く関わったこともありその少女トネがあまりにも過酷な運命にあったことで忘れられない作品だった。

 

逃亡中のカムイは樵の集団「トズラの組」に職を求める。

荒々しい男たちは新入りのカムイだけでなく男たちの世話をしている少女トネを酷くこき使っていた。トネは見目も悪く男たちからは「酒を造るのだけが取り柄」と蔑まれていたのだった。

 

このトネの唯一の慰めは鶴のアテカに餌をあげる時だけだった。

この様子を見たカムイはハヤテを思い出しいっそうトネに共感していく。しかしカムイがアテカに餌をあげるのをトネは止める「アテカは私からしか餌をもらわないの」強引なこの言葉もカムイは納得した。

 

山中、樵の仕事中にもカムイは危険な目にあいそれが偶然なのかと疑念を持つ。

しかしここで崖崩れが起き川の流れが変わり樵のカムイとトネがいる僅かの場所が濁流の中の離れ小島になってしまった。

その濁流が収まり岸に戻ろうとした時男たちはいっせいにカムイを襲う。カムイは変異抜刀霞斬りで樵たちを皆殺しにした。

カムイはトネの手を引きこの場を去ろうとする。

トネは鶴のアテカを呼んだ。この時トネは本来の美しい顔をカムイに見せる。

トネは餌をカムイに渡し「アテカに餌をあげて」と頼む。カムイがその餌をアテカに手渡すとアテカはそれを食べたのだった。

「ハハハ、アテカもきみひとりのものでなくなったね」

アテカはトネ以外の手から餌をもらうと手裏剣を投げるよう訓練されていたのだ。

トネもまた追っ手だったのだ。

男九人そしてトネを合わせて九の一。

しかしカムイはトネを信じていた。

「死ぬのは怖い。土の中に埋めないで。深くて冷たい湖の底に沈めて・・・カムイ」

この技でカムイを殺そうとしていたのならなぜ手裏剣の先にトネは立っていたのか、と作者は書く。

哀れなくノ一の最期、という物語なのだがやはりこれも現在と重ねて考えてしまう。

 

文庫本ではここまでで一巻。

末尾に1976年に書かれた白土三平氏の文章が載っている。

ガロに「カムイ伝」を執筆しながら非人の忍少年カムイだけを取り出し「少年サンデー」に読み切り短編ふうに発表したとある。

 

ところで私は本作マンガの前にアニメ『カムイ外伝』を夢中で観た人間なのだけど今観なおしてもやはりすばらしいアニメだと思う。

そして今頃アニメ「カムイ外伝」の歌詞を白土三平氏の妻である李春子さんが作られていたと知って驚いている。

 

 

 

『カムイ外伝』白土三平 その1

この文庫本表紙は白土三平氏の筆による。

 

今日から白土三平カムイ外伝』感想文を書き始めます。

何故外伝から書き始めるのかというととにかく『カムイ外伝』が大好きだからです。最初はアニメでその存在を知り最高にかっこいいと感じ今に至ります。

白土三平を語るとか恐ろしいような敷居が高いような気もしてしまうのですが、別に何の背景知識もなくただただ「かっこいいなあ」というだけの文章を思うままに書いていくだけです。

私が持っている本は文庫本やら単行本やらデジタルやらまちまちですがそれで通していきます。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

第一話 雀落とし(1965年4月16日)

白土三平の絵の上手さを書いていたらキリがないのだけどもうほとんどそのまま動いて見えるこの描き方はなんなんだろうか。

首領によって三人の忍者に「裏切り者となったカムイを消せ」という命令が下る。

探し出せないまま日を送る三人の前にみすぼらしい風体の男が現れる。

暇つぶしに雀を落とす忍者の前でその男は酒につけた麦を撒いて大量の雀を捕獲して見せた。

その男こそ探していたカムイだったのだ。

三人の忍者相手に変異抜刀霞斬り、そして相打ちをさせることでカムイは逃げ延びる。

マンガの合間に神の声のごとき作者の説明が入るのが面白い。

カムイの美しさもいったいどうしてなのか、といつも不思議になってしまう。

 

第2話 飯綱落とし

私が「ロプロス」はここからと言ってる所以。

 

まずは「犬万」の説明。ネコに対するマタタビのようなものらしい。

これを使って犬とたわむれるカムイの前に追手が現れる。犬を傷つける追っ手を睨みつけるカムイ。カムイは動物好きなので動物を殺す人間には容赦しないから気を付けるべし。

 

すばらしい構図。

ためいき。

ここでカムイは変異抜刀霞斬りを披露するのだが

と丁寧に教えてくれる。

この回はカムイがどんなにすばらしい技術を持っていてその技が美しいかを教えてくれる。しかも一般人にはまったくわからない静寂の中で死闘が繰り広げられるのだ。

このポーズがカッコよく描ける技

 

ここから飯綱落としが行われる。

私が思う「ハードボイルド」究極の世界。

とはいえこれ、娑婆に生きるすべての人間が担うものなのではないかと思える。

誰しもが「死にたくない」ために様々に迫りくるもの(税金とかね)と戦いながら逃げ延びるハードボイルド世界に生きているのだ。

変異抜刀霞斬りや飯綱落としを編み出しながら生きぬいていくのである。

 

第三話 月影

コウモリでさえひとたまりもない隠月(インゲツ)の術を使う月影に追われるカムイ。

犬万を使いカムイを殺そうとするがカムイは逃げおおせる。

こういう動物好きなカムイ、描かれた当初より今の時代の方がより共感されるのでは。

しかし月影の攻撃をうけてハヤテは死んでしまう。

カムイは月影に飯綱落としを仕掛け仇をうった。

ハヤテが好きだったカジカを刺してお墓を作る。


第四話 むささび

月影を「おじさん」と呼ぶ忍者姉弟が登場。これが「むささび兄弟」と呼ばれている。

ふたりは仲良く忍術で遊んでいたがおじの月影がカムイの飯綱落としで死んだことを知り仇を討とうとする。

飯綱落としは高い木の枝から繰り出す技と考えたふたりは平地でカムイと戦うがカムイは平地でも使えることを証明する。

カムイはちょうどその弟が気まぐれに殺した鷹の雛を見つけハヤテの代わりに育てようとしていた。

こういう場面がよく出てくるのだけどカムイのふくらはぎがかっこいいんだよなあ。こんな簡単に描いてるのに。

ちなみに平地だけど飯綱落としがやれたのは左側にある小さな木にぶつけたからなのだ。

 

弟・四郎は死にはしなかったが頭がおかしくなってしまう。

姉は必ず仇を取ると決心しながらもカムイ以上の技は考えられない。が、狂ってしまった弟が偶然放った技を見て「飯綱返し」を思いつく。

 

姉は黒装束をまとい果敢にカムイに勝負を挑む。

あえてカムイに飯綱落としを仕掛けさせ自分自身を刀で貫きもろともにカムイを刺そうとしたのだ。

が、その刃はカムイの身には届かなかった。カムイは鎖帷子を身に着けていたのだ。

「術者はおのれの秘術を編み出した時、その術を破る方法も考えるものだ」

 

カムイはまたも逃げおおせた。母を亡くした雛を抱いて旅を続ける。

 

第五話 五ツ

このエピソードは白土三平の特色を強く表しているだろう。

左側の男「名張の五ツ(いつつ)」はもう一本の腕を持つ。それゆえギリギリの戦いを繰り広げる忍者の技の中で両手を使いながらもう一本の手で相手を仕留めることで生きぬいてきたのだ。

ふたりは戦うが引き分けとなる。カムイにとって変異抜刀霞斬りが破れたのは初めてのことだった。それはもう一本の腕があるからこそだったのだ。

カムイは「おいらは非人ゆえに忍びとなった。おぬしの気持ちもわかるぞ」と心に思う。その気持ちを五ツは感じ取る。

五ツもまた抜け忍の道をたどることとなったのだ。

こちらはフクロウ。かわいい。

 

最後にカムイは珍しく五ツに手を挙げて挨拶する。

そして作者による

「現実には、様々な形で差別が残され能力を抑えられひねくれさせてゆく。こんな時代遅れなことは早くなくしたい」

という言葉で締めくくられる。

 

第六話 木耳

崖から伸びた木の枝に木耳がびっしりとついているのを見て年寄の坊さんが食べたさに命懸けで摂ろうとするが足を滑らしわずかしか取れなかったと嘆く場面にでくわすカムイ。

カムイのこのスタイル、憧れてしまう。やってみたい。

だが二代目ハヤテは大きな鷲に襲われ死んでしまった。恨むカムイはその鷲を殺すが足に輪が付けられていると気づく。

 

というところで時間が来てしまった。

特にこの「木耳」はじっくり書きたいので次回にもう一度書いてみよう。

 

続く。

 

『バビル2世』横山光輝 もういちど その12 最終回

最終回のつもりで書きます。

第三部で終わったはずの『バビル2世』が再び戦いの世界に突入します。

テレビアニメ放送の都合で急遽連載再延長という次第だったらしい。

一巻だけで終わる第四部です。

 

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

横山氏がインタビューで答えられているように急遽作られた駆け足の感があるかもしれない。特に練られた第三部と比較すれば先生としては納得できなかったのかもしれない。それでも面白いと思うけど。

 

とはいえ第三部の末でバビル2世がバベルの塔を去っていき搭だけが砂の中に、という悲しみを味わった後に再び局長と仕事しているのは良いとしてもバベルの塔に戻っていくのはいくらコンピューターでもお互い気まずかったのではなかろうか。

 

というのはもちろん冗談だけど。

 

この第四部は何と呼ばれているのだろうか。イメージとしては「フランケンシュタイン偏」とでも呼びたい気がする。

ここではヨミがフランケンシュタイン博士でもありその怪物役も同時に演じている。

横山作品を読んでいくとフランケンシュタインの怪物物語も氏の好きな題材だと思える。『鉄人28号』にも登場した。そして「包帯ぐるぐる巻きの男」(ミイラ男ではないな)もその一つでありその包帯の下に醜い姿が隠されている、というのも好まれているようだ。

となればヨミはいわば「醜い男」として登場していたのかもしれない。それを思うといっそうヨミが可哀そうでもある。最も愛された息子バビル2世に対し父親(バビル一世であり横山光輝その人でもある)から疎まれた醜い息子がヨミなのか。

 

次々と自殺者が出る、という謎を呼ぶ出だしから保安局がバビル2世の力を借りたいと希望しての参入と横山マンガは本当に引き付ける力が強い。

前回に情の厚い相棒となった伊賀野氏と再びタッグを組む展開もファンに嬉しいサービスである。

その伊賀野氏が催眠術にかけられバビル2世に発砲する展開も楽しい。

 

死んでしまったヨミは一時的に接ぎ木するかのように他人に体の一部をつないで身体を保存し再びつなぎ合わせて復活する。

バビル2世と伊賀野氏はヨミが手術を受けた病院へと向かう。ふたりはそこで全身包帯の男を見つけ出す。

しかし包帯男はヘリコプターで連れ去られてしまった。

バビル2世は単身追いかけるも海上で逃してしまうがポセイドンを呼び追跡し続ける。

がヨミはバビル2世の追跡から逃れおおせてしまう。

このしつこいくらいの追跡劇を飽きさせずに読ませるのがほんとうに凄い。

とりあえずバビル2世は日本に戻り伊賀野氏に報告をする。

 

そしてバビル2世は(永遠に別れたはずの)バベルの塔に向かいコンピューターに情報を集めさせる。

「水爆ミサイルを積み込んだアメリ原子力潜水艦ネバダ号が北極海で行方不明」と聞き、バビル2世はロプロスに乗って北極海へ飛ぶ。

 

その間にネバダ号を救助するための調査船乗組員が(ヨミの仕業と思われる)謎の光によって催眠術をかけられ互いに撃ち殺しさらに調査船は氷山で押しつぶされてしまう。

その残骸を見つけたバビル2世は北極海に作られたヨミの基地に近づきロプロスに写真を撮らせバベルの塔コンピューターに分析させようと帰路につく。

 

がこの様子を伺っていた包帯男は水爆ミサイルをロプロスに向けて発射させた。

ロプロスは危険を感じ海上にバビル2世を振り落とした。

水爆ミサイルはロプロスをめがけて飛ぶ。さすがのロプロスも水爆によって破壊された。バビル2世はポセイドンと共に再び北極へ急いだ。

 

ヨミの基地はバベルの塔を模して造られていた。吹雪が砂嵐と同じ役目をし催眠ライトが侵入者を拒む。

バビル2世はポセイドンと共に進むが包帯男の超能力によってポセイドンは氷海に沈められてしまう。

こんなことができるのはやはりヨミだけだ、とバビル2世は確信する。

がしかしレーザー砲を出す監視カメラを破壊するも堅固な基地の中に入ることは困難だった。

 

緊張感が続く中でヨミは部下に促され休息をとることにした。ヨミにはかつての体力は失われている。

バビル2世はポセイドンを動かし攻撃を仕掛ける。ヨミが眠っているため部下は確認しようとわずかに扉を開けた。そのわずかの隙をついてバビル2世は基地に侵入したのだ。

報告を受けたヨミは怒る。バビル2世は必ず侵入したに違いない。

バビル2世はエアコンを破壊し基地内の温度を低下させた。これでヨミ以外の部下は皆凍死してしまうだろう。

バビル2世はポセイドンを連れコンピューターを破壊する。

がこれを止めたのが姿を現したヨミだった。

基地には原子炉がありこれを爆発させてしまえば北極の氷が解け地球が大洪水となる。

しかしわしは地球を滅ぼそうという気はない。このままおとなしく引きあげてくれ。

こうなればこの夢の後で静かに眠りたいのだ。

 

これを聞いたバビル2世はポセイドンを連れて引き揚げたのだった。

 

こうして生き返ったヨミは再び北極の氷の下で眠りについた。

 

さて今回の「もういちど」で私が書いてきたことをここにまとめたいと思います。妄想想像の限りですがあえて言い切り型で書き出してみます。

 

◎『バビル2世』は優れたハードボイルド作品である。愛する女性も友人も求めない究極のハードボイルドといえる。彼ほど孤独な主人公はいない。

◎『バビル2世』は横山作品前半期の集大成である。これまでに描いてきた氏の好きな題材がここに詰め込まれている。ロボット・乗り物など様々なメカ、オカルト、ミステリー、宇宙人などのSF、そして忍者ものでもある。可愛い少年が主人公は必然か。

◎バビル2世はバビル一世の最愛の息子である。バビル一世とは横山光輝自身を示している。ヨミはその父親から疎まれた怪物なのだ。(最も美しい息子と醜い息子という対比があるのは胸が痛む)

◎『バビル2世』はバベルの塔を生んだメソポタミア文明で書かれた「ギルガメシュ叙事詩」に影響を受けている。ギルガメシュがヨミでありエンキドゥがバビル2世に当てはまるが本作ではふたりが親友となる前の戦いの部分が描かれる。(実は今回ここが一番収穫でした)

◎『バビル2世』から発生したマンガ作品は数あるがその一つが『日出処の天子』である。厩戸皇子がヨミであり蘇我毛人がバビル2世にあたる。

『バビル2世』のはじまりでヨミがバビル2世に「友になってほしい。そうすれば世界を手に入れられる」と誘うがバビル2世は階段を降りふりむき敵意を示す。その数秒の物語が『日出処の天子』である。

◎『バビル2世』は横山光輝版『カムイ外伝』である。理由として「孤独な男の戦いを描いたハードボイルドであること、優れた忍者作品であること、三つのしもべがいること、何にも属さない自由人であること、主人公が恋愛しないこと、年上の男からの強い思慕を受けている話があること」などを挙げる。

 

細かい気づきは各記事に書いているのを読んでいただくとして大きなトピックはこのようなものだろうか。

 

ところでポセイドンの命名は明確でロデムのそれは適当だという話もあってロプロスの名前が気になってずっと考えていたのですが今先ほど急に「キプロス」からきているのでは、などと思ったのですが。

形が似ている?!ロプロスに!?

しかも国章が

鳥!!?

うーむ天の神ではないからなあとは思うんですが。

どうでしょうか。

 

『バビル2世』横山光輝 もういちど その11

画像は11巻を出しているが話は9巻まで戻って語ります。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

再び9巻「F市のなぞ」から始める。

九死に一生を経て日本へ来たバビル2世は保安局局長に会い「F市で電信電話が何日も途絶えてままだ」という情報を得る。

局長はF市へ向かう腕利き調査員伊賀野氏にバビル2世を同行させた。

最初は「こどものおもり」と軽んじていた伊賀野氏も次第にバビル2世の能力の高さを見ていくこととなり敬意を持つようになっていく。

 

ほんとこの伊賀野氏✖バビル2世コンビが楽しくて別バージョンで創作してほしいくらいだったのだけど後に書かれた『101』にも登場しないのを思えばやはり横山氏はそういう考えはなかったのだろう。『101』は『バビル2世』よりさらに究極のハードボイルドタッチになっている。誰とも心が通い合っていない寂しい物語が描かれる。

 

そこまでは行かないのが『バビル2世』の「宇宙ビールス編」である。

バビル2世もまだ幼さが残りかわいらしい。ここで最初で最後の人間味を見せていると言ってもいい。

 

F市には宇宙ビールス人間が蔓延りその地下にはヨミの秘密基地が作られていた。

宇宙ビールスを抑止する「ニンニクエキス」(これだけすごく不思議)の大量製造を伊賀野氏に託してバビル2世は再び孤独な戦いを始める。しかしその超能力は「使用するほど生命力が奪われていく」のだ。

 

ヨミとの超能力戦は繰り返される。

バビル2世はヨミとの決着をつけようとⅤ号に乗り込むが既にヨミの姿はなかった。ヨミはⅤ号ごとバビル2世を抹殺しようとするがロデムの機転でそれはかなわない。

 

ついにヨミとバビル2世の一騎打ちとなる。

 

ここでまたまた余談。

テレプシコーラ』の一場面が出て来るんだけど。

ここ絶対山岸先生影響受けてると思うんだよな。私は『テレプシコーラ』先に読んで『バビル2世』を読んだのだけど。

何故バレエの振付を横山マンガから発想するのか。萩尾先生もポーズよく影響感じるからなあ。横山氏のポーズつけ決まってるってことなんだろう。

って勝手な憶測なんだけど、ここ読んだ時「この動きどこかで見たことある」ってなってしまったので書かずにおれなかった。

 

で、続ける。

ヨミはバビル2世から再びエネルギーを吸収されてしまう危険を感じて逃げ出す。

バビル2世は追いかけるがヨミは虫の大群や宇宙ビールス犬の群れをけしかける。

ここで救援部隊を引き連れ伊賀野氏と局長が到着した。

救援部隊は「ニンニクエキス」を次々と宇宙ビールス犬そしてF市の宇宙ビールスに冒された人々に打ちこんでいく。

(ここでもいるのは男性ばかりなのが横山氏らしい)

自分が手掛け手足となって働いてくれた宇宙ビールス人間が退治されていくのを見て悲しむヨミ。

しかしヨミもまた孤軍奮闘。巻き返しを図る。

 

地下基地へ急いだヨミは「サントス」を出動させてバビル2世を封じ込める間にバベルの塔攻撃を命令した。

大量の小型ロボットサントスは救援隊を攻撃していく。

バビル2世は救援隊を引かせ自分だけでサントスを破壊していく。

笑う場面なんだろうけどジーンと感動してしまうよ。

男意気だよなあ。

泣いて笑って泣く。

バビル2世が唯一頼ってる場面。そしてもう絶対にない。

 

いったんバビル2世はF市を離れ休養を取る。バベルの塔が攻撃されていると知ってもバビル2世はF市に戻ってヨミの行動を抑える方を取った。

自衛隊と組んでF市の下水道の出口を塞がせる。

F市に煙幕を張り水道管を破壊して地下基地を水没させるのだ。

ヨミは怒りバビル2世と対決しようとする。

が、バビル2世はヨミに地下基地にいる部下たちが窒息寸前だと告げる。

ヨミは「部下を見殺しにはできない」としてバビル2世との対決をあきらめ救助に向かう。しかしここでヨミはポセイドンに捕まる。そこを自衛隊がニンニクエキス弾丸を撃ち込むことでヨミを死に至らしめようとしたのだ。

だがヨミは渾身の超能力で弾丸を逸らしポセイドンから逃れようとする。

ヨミの超能力はバビル2世を上回り自由となる。

が、その姿はすでに老人となっていたのだ。

 

バビル2世はその老体に衝撃波を与える。

「バビル2世やられたよもうわしのからだはたえられん」とヨミは告げるがバビル2世は容赦なくさらに衝撃波を加えた。

そしてヨミが最期に呼んだ「PH三〇四」がその死体を回収し飛び去った。だれもいない静かなところへと。

バビル2世とヨミの戦いは終わった。

 

バビル2世は局長に最後の忠告を伝えて別れを告げる。

このなんともいえぬ別れの場面。

バビル2世の存在を知っているのはここにいる僅かの人々にすぎないしその人々も微妙な表情で後ろ姿を見ているだけだ。

伊賀野氏だけが情を持っているのが救いだし、読者もまた彼に共感できる。

 

さてバビル2世は砂漠でバベルの塔が無事だったことを見る。

しかしその表情には嬉しそうな感情は読み取れない。むしろ塔に殺されてしまった人々を憐れむようでもある。

バベルの塔はバビル2世に「侵入者ハ全員撃退シマシタ」と報告する。

「やはりね」と冷静に答えるバビル2世。コンピューターの力だけは信頼できるのだ。

だがそのコンピューターにはバビル2世自身を思いやる心はないのだ。

超能力を使うことはそのまま死を近づけることだということをコンピューターは教えてはくれなかった。

バビル2世は「思えば長いヨミとの戦いだった」と言い残して去っていく。

 

バベルの塔は永遠にその姿を砂の中にかくしていることだろう。

 

 

ってことは「バベルの塔」っていうのは横山光輝氏自身ってこと?

もう少し言えばバビル一世でもある。

バビル一世である横山氏は「バベルの塔」を造り上げヨミとバビル2世を戦わせたのだ。

 

『バビル2世』は横山光輝オリジナル作品の集大成だと思う。

横山氏の好きなものがここに凝縮しているのだ。

横山氏はバビル一世となってバベルの塔を作りその物語を造り上げた。

残酷だけど美しいそんな作品を。

横山氏が『バビル2世』を好きなのは当たり前で自分の息子だからなのだ。

作品が子どもなのは当然だけど特別な子ども、それが『バビル2世』なんだなと。

 

 

 

 

『バビル2世』横山光輝 もういちど その10

ちょっと自分が書き散らしている「ハードボイルド」という今や死語に近い言葉の説明が足りなかった気がして今回は(というか今回も)その説明に重点を置いてみたいと思います。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

前回『バビル2世』は8巻で終わってしまったのではないかという文章を書いてしまったけどやはりそうではないと撤回したい。

読み進めていくうちに一度温かい人の情に触れたバビル2世が結局はその人たちの中に交わることもなくただ一人で去っていくしかないのだ。

 

今現在コンテンツで描かれる「ヒーロー」は集団のひとりであることがほとんどだと思う。

誰とのかかわりもなくひとりきりで戦っている、というスタイルは今の人の好みではないのだろう。

(それは今の人が孤独ではないという意味ではなくむしろ孤独だからこそ仲間のいるヒーローを見たいのかもしれない)

かつては孤独なヒーローというものを好んで描くスタイルがありそれがいわゆる「ハードボイルド」タッチで表現されることが多かったのだ。

組織に入らず一人で戦う男の話でもあった。

とはいえその主人公には心許せる友がいることやそんな主人公と夜を過ごす美しい女性、または時に行きずりの恋があるのが必須だったはずだ。

が、バビル2世はローティーンの少年というのもあってそんな女はいないし彼の場合も求める様子もない。

まだ親に甘えたい年ごろの少年が突然両親と別れただひとりで砂漠の中にあるバベルの塔へ行き訓練を積んでヨミという世界世服を企む男と戦うことになる。

そのことを迷いもせず臆することもなく全力を尽くしていく。大勢の部下から慕われ自分たちの夢である「世界征服」のために共に戦っていくヨミ軍と違いバビル2世にはすぐ寝返ってしまう三つのしもべと何を考えているかよくわからない信用できないコンピューターがいるだけで実質バビル2世は孤独としか言いようがない。

人間の親友も彼女もいない。与えられているのは冷たい部屋に置かれたベッドだけだ。

ここまでハードボイルドな人生を歩むヒーローがいるのだろうか。

なのに彼は後悔もしない。

そうした心情を描かないのがハードボイルドタッチであり横山光輝の手法なのだ。

 

8巻まではこのスタイルが徹底しておりわずかに保安局局長とのやりとりはあってもそれ以上に踏み込むことはなかった。思うに局長が考えを読みとられることや異常な戦闘力に脅威と怖れがあるのをバビル2世も感じ取っていたはずだ。

 

それが9巻になり保安局の伊賀野調査員と組むことになったバビル2世は初めて人間的な優しさを見せる。

が、伊賀野氏との能力の差は如何ともし難いものだった。

ここで再び『ギルガメシュ叙事詩』を思い出してしまうがギルガメシュはあまりにも能力が高いがために人々を見下していたがエンキドゥという対等な能力者と出会い無二の親友となるのだ。

バビル2世にとってその親友はヨミでしかなかったはずだが思想の違いなのかバビル2世は出会った時点で友になることを拒絶する。

機動戦士ガンダム』のオリジンであったかフラウ・ボウが「アムロは私たちとは違う人なの」と言いのける場面がある。アムロもまた孤独の人生を送る人であり普通の人々との共同生活ができないことも思い出してしまう。

 

そもそもバビル一世という人が能力の違いから地球人と結婚しながらも孤独を抱えたまま生きていくしかなかった。

 

その人生は不幸だったのだろうか。それとも遠い未来に必ず現れるだろう自分の子どもたちを想像する楽しい人生だったのだろうか。

 

バビル2世の孤独を案じながらも同時にその人生がそれほど不幸ではないのではと思う気持ちもある。

 

 

ところで「ハードボイルド」小説はマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』から生まれたというが偶然なのか横山氏はここからもインスピレーションを受けているのか『バビル2世』の物語に『ハック・フィン』も重なって見える。

となれば『バビル2世』は必ずしも「孤独でかわいそうな少年」などではない。

ハック・フィンもまた両親がいない身の上になってしまった少年だ。物語の最後で親友トムのおばさんに引き取られるという幸運とめぐり合うのだがハックは「まっぴらごめん」と逃げ出す決意をするのである。

 

ちょっと一気に「宇宙ビールス編」最後まで飛ぶがバビル2世は局長・伊賀野氏にも別れを告げしもべたちをしたがえてバベルの塔に飛ぶ。

ここでバビル2世はコンピューターにも別れを伝える。

これはまるで毒親の言いなりになっていた子どもがその呪縛を解いて自分の意志をつかんだかに思える。

晴れやかな清々しい気持ちになれるラストだ。

 

ここでバビル2世は曹操の最期の言葉「思えば長い戦いの人生だった」に似た言葉を口にしている。曹操の言葉自体横山氏の創作らしいので時間的にもバビル2世の言葉を曹操が言った、というほうが正しいのかもしれない。

 

孤独なヒーローといえば曹操もそうなのではないだろうか。

史実はどうであれ横山光輝氏の代表作の一つ『三国志』において強い義兄弟の契りと部下との強いつながりを持つ劉備と比較して曹操は孤独な存在として横山氏は描いているように思える。

つまり『バビル2世』と横山『三国志』の人間関係性をみれば劉備はヨミであり、曹操はバビル2世なのだ。

横山氏が「曹操が好きだ」と言われていることからもやっぱり横山氏は孤独なヒーローが好きだったんだなあと思わされる。

 

まだ続く。